映画『ほどなく、お別れです』を公開初日に鑑賞してきました。
正直に言うと……想像以上に泣きました。
上映中はもちろん、鑑賞後もじんわりと余韻が残る作品です。
派手な展開があるわけでも、大きな事件が起こるわけでもない。
それなのに、一人ひとりの死について心の奥を静かに、でも確実に揺さぶってくる——
そんな泣け方をする映画でした。
この記事では、なぜ『ほどなく、お別れです』がここまで泣けるのか、そして鑑賞後にじわじわと込み上げてくる余韻の正体について、感想をまとめていきます。


鑑賞直後の感想|涙が止まらない
本作の舞台は「葬儀場」。
物語を通して、葬儀プランナーという仕事がどれほど人の人生と向き合うものなのかを、自然と学ばせてくれる作品でした。
事前情報の段階で、「死」をテーマにした映画だということは分かっていました。
正直、

はいはい、どうせ泣かせにくるやつでしょ。そう簡単には泣かないからね〜笑
なんて、少し身構えながら観始めたのですが……
結果は完敗。
気づけば最初から最後まで、ずっと涙が止まりませんでした。
本作では、ひとつの物語ではなく、複数の葬儀が描かれていきます。
それぞれの故人と遺族に寄り添う形で進む構成だからこそ、「誰かひとり」ではなく、観る側それぞれの人生や立場に刺さる場面が必ずある。
それが、この映画がここまで泣ける理由だと感じました。



ハンカチ、ティッシュ必須です!
臨月の妊婦が事故で亡くなった葬儀
最初に描かれるのは、臨月を迎えた妊婦さんの事故死。
霊が見える主人公・美空(浜辺美波)の前に現れた故人(古川琴音)は、生まれてくるはずだった赤ちゃんと夫(北村匠海)ことを強く案じています。
「赤ちゃんを迎える準備で、鞄いっぱいに詰めたおむつを一緒に棺に入れてほしい」
その願いに応える場面で、漆原(目黒蓮)が口にする
「きっと天国でも、子育てにはおむつが必要だと思います」
という言葉が、とても優しく、胸に残りました。
叶わなかった未来を、せめて想いだけでも一緒に送る。
その寄り添い方が、優しくて切なかったです。
闘病の末に亡くなった5歳の女の子
次に描かれるのは、闘病生活を送っていた5歳の女の子。
正直、子どもが亡くなる物語は、親になった今ではそれだけで涙腺が崩壊します。
お母さん役を演じた志田未来さんの演技が本当に素晴らしく、「泣く」というより「壊れてしまいそうな感情」がひしひしと伝わってきました。
まだ自分が亡くなったことを理解できていない女の子に対して、美空が語りかける言葉。
「ちょっとだけ先に向こうの世界に行って、パパとママが来た時に、その世界のことを教えてあげたらきっと喜ぶよ」
そして漆原の
「ママに褒められるのが、きっと一番嬉しかったんじゃないでしょうか」
という言葉によって、お母さんがほんの少し前を向けたように見えたのが印象的でした。
事故死した母と、元夫との夫婦愛
三人目は、事故で亡くなった母親。
親友の保証人になったことで借金を背負い、結果的に離婚してしまった夫(原田泰造)との関係が描かれます。
それでも、年に一度。
子どもの写真と、たった一言だけを添えた手紙を送り続けていた二人。
言葉にしなくても、事実上の関係が壊れても、確かに存在していた夫婦愛に胸を打たれました。
漆原自身の過去と、最愛の妻との別れ
四人目は、漆原の妻(新木優子)。
まだ新婚と思われる二人が、運転者の不注意による事故で突然引き裂かれます。
「あ、もう食器洗ってる時間ない!帰ってからでいいかっ!」
そんな何気ない日常の会話。
その続きがもう二度と訪れないという事実が、あまりにも皮肉で、切なかったです。
この出来事がきっかけで、漆原が葬祭プランナーになったという背景も、物語に深みを与えていました。
最後に描かれる、美空の家族の物語
そして物語の最後は、美空のおばあちゃんの葬儀。
ここが個人的に胸をえぐられた場面でした。
美空には、5歳のときに川で溺れて亡くなった姉・みどりちゃんがいます。
みどりちゃんにとって、おばあちゃんは大好きな存在。
いつも川べりを手をつないで散歩するのが日課でした。
ある日、その散歩中に
「美空が生まれた」という連絡が入り、ほんの一瞬、みどりちゃんの手を放してしまった——
その一瞬で、悲劇は起こります。
その出来事を、ずっと許せずにいた美空のお母さん。
責めることもできず、でも許すこともできず、心の奥でずっと苦しみ続けていた気持ちを思うと、また涙が溢れました。
同じように、おばあちゃん自身も
「自分のせいで孫を失った」という後悔を、誰にも打ち明けられないまま抱え続けていた。
言葉にできなかった想いが、最期にきちんと向き合い、川べりでお別れをすることで、故人にとっても、遺された人にとっても、救いのある別れになったと感じました。
なぜ『ほどなく、お別れです』はここまで泣けるのか
『ほどなく、お別れです』がここまで心を揺さぶるのは、単に「死」を描いているからではありません。
本作が描いているのは、亡くなった人だけでなく、遺された人の感情。
後悔、罪悪感、言えなかった言葉、伝えきれなかった想い——
誰しもが人生の中で一度は抱えたことのある感情が、葬儀という場面を通して丁寧にすくい上げられていきます。
また、ひとつひとつの葬儀が短いエピソードとして描かれることで、「誰かの物語」ではなく、自分自身や身近な人に重ねてしまう瞬間が必ず訪れます。
特に印象的なのは、「正解のない別れ」に対して、無理に答えを出そうとしないところ。
悲しみを消すのではなく「悲しむ時間」を準備してあげる。
一人ひとり違う、その人なりのお別れの形を肯定してくれる。
だからこそ、観る側の感情が溢れてしまい、気づけば涙が止まらなくなるのだと思います。
鑑賞後に残る余韻の正体
鑑賞後、しばらく目頭が熱かった理由は、「泣いたから」だけではない気がします。
この映画を観終わったあとに残るのは、悲しさや切なさ以上に、静かに心に沈んでいく余韻です。
それは、
「自分だったらどうするだろう」
「大切な人に、ちゃんと向き合えているだろうか」
そんな問いを、観る側にそっと投げかけてくるから。
日常の中で、つい後回しにしてしまう言葉や気持ち。
いつか言えばいいと思っていたことが、実はとても脆く、儚いものだと気づかされます。
派手な演出や強いメッセージがあるわけではないのに、鑑賞後、じわじわと感情が込み上げてくるのは、人生の一部をそっと見せられたような感覚が残るからなのかもしれません。
『ほどなく、お別れです』は、観終わった瞬間にハイ!終わり!な映画ではなく、その後の時間の中で、静かに心に残り続ける作品でした。
まとめ
映画『ほどなく、お別れです』は、派手な展開や大きな事件で泣かせる作品ではありません。
描かれているのは、誰かを失ったあとに残る後悔や葛藤、言葉にできなかった想い。
そして、その想いとどう向き合い、どんな形でお別れをするのかという、とても静かで、とても現実的な物語です。
複数の葬儀を通して描かれるエピソードは、どれも「他人事」ではなく、観る人それぞれの人生や立場に重なっていきます。
だからこそ、涙が止まらず、鑑賞後も余韻が消えないのだと思います。
観終わったあと、大切な人の顔が自然と浮かんだり、何気ない日常の尊さに気づかされたりする——
『ほどなく、お別れです』は、そんな感情をそっと残してくれる映画でした。
静かに、でも確かに心を揺さぶられる作品を探している方には、ぜひ一度観てほしい一本です。









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